ロサンゼルスで、今まで聞いたことのない建築理論に出会った。「ヒッ プホップ・アーキテクチャー」という言葉だ。ヒップホップ・カルチャー の視点から、従来の建築や都市プランニング、クリエイティブな場づ くりのあり方を捉え直すための思想のことを指すらしい。アクション を伴うから、理論というよりも運動と言った方が良いかもしれない。 ヒップホップという音楽のジャンルが、支配的な既存の音楽界への カウンターとして生まれてきたとすれば、その姿勢を応用する「ヒッ プホップ・アーキテクチャー」は、これまでの建築や都市のあり方にオ ルタナティブを提案する試みだ。
建築運動家の Sekou Cooke は、黒人の建築家が未だに少ないこと を指摘し、今まで建築や都市プランニングの現場から取り残されて きた人々を、きちんとそのプロセスに含めるべきだと主張する。ヒップホップを通して、恵まれない子供達に建築や都市プランニングの教 育を行なう取り組みも行なっているという。その時は、へえ、こんな取 り組みもあるんだ、程度にしか思っていなかったのだが、数ヶ月後に 訪れたボゴタで、ああこういうことか、と、実践を持って理論を理解するというか、腑に落ちる経験があった。
バリオの声を聞く
コロンビアの首都、ボゴタ。かつては南米でもっとも危険な都市と称 されていたボゴタだが、近年では治安も劇的に回復し、今も現代進 行形で変化を続ける興味深い都市だ。ここボゴタで、アーティストで あり活動家でもある、Don Popo という人物に会う機会があった。 彼が始めたLa Familia Ayaraという団体は、ヒップホップ・カルチ ャーを通して、暴力的環境に暮らす子供達や女性をエンパワメント する活動を行なっている。まだ咀嚼しきれていない「ヒップホップ・ア ーキテクチャー」を理解するためのヒントがあるような気がして、La Familia Ayara のオフィスを訪ねてみた。
彼らが活動の対象にするのは、社会的に排除され、貧困を抱えるバ リオ(barrios:スペイン語で居住区を指す)や、少年院、薬物中毒者 更生施設などの施設だ。こうした貧しい地域では、日常的に暴力や 喧騒、性的暴力が絶えず、必然的に子供や女性などの社会的弱者 が、安心して自身を表現できる場がない。La Familia Ayara は、首 都ボゴタを中心に、コロンビア各地のバリオで、ラップやブレイクダン ス、フォトグラフィーなど、ヒップホップに関わるワークショップやイ ベントを無料で提供している。
急なアポイントでオフィスに訪れた私たちを、スタッフやディレクター の他、各クラスの講師陣が大勢迎えてくれた。「私たちの目的は、単に ヒップホップの文化やテクニックを教えることではありません。そう ではなく、子供達がここでの活動を通して、自分自身を表現し、自信 をつけて、より良い方向に自発的に進んでいくことが大切だと思って います。」と Don Popo。なぜヒップホップなのか?という質問に、イン タビューに応じてくれたメンバーの一人がこう言った。「ヒップホップ は、変化を起こすための装置なんです。恵まれない状況におかれてい る若者や女性の未来の可能性を切り開き、市民参加を促進させるた めに、ヒップホップという文化に可能性があると思いました」確かに、 ボゴタのストリートでは、ヒップホップが人気だ。グラフィティ・アート も非常に盛んで、街を歩くと、あちこちにカラフルで、そして非常に政 治的でもあるグラフィティが目に入る。
中心となるプログラムのひとつに、「ラップ・ディベート」がある。即興 ラップ対決をディベートに応用させたもで、バリオを舞台に繰り広げ られる。普段自分の意見をあまり表現したことのない若者が、人前に 立ち、議論をすることを学ぶ。ドラッグや暴力など、普段は繊細であ まり議論されることのないテーマでも、ラップという形だと議論しや すい。「ラップを通して、コミュニティ、都市、自らを取り巻く環境との 関係性を、彼らは解釈できるようになります。ラップバトルでは、家庭 で、ストリートで、地域で、何が起こっているのか、彼らから聞くことが できるのです」と Don Popo。ここで浮かびあがる、暴力、貧困、社会 的排除やレイシズムという諸問題は、どれも非常に重く、悲しい。だ からこそ、みんなラップという形で、音楽に乗りながら議論する。
その日、ちょうど予定されていたラップ教室も、ついでに見学させ てもらった。大きなスピーカーをいくつか置いたコンパクトな空間 に、15 名ほどの若者たち。女の子の姿もちらほら見えて、なんだか嬉 しくなった。そういえば、ここはディレクターも先生も、女性と男性の 割合が同じくらいだ。ヒップホップ・カルチャーに悲しいことにありが ちな男尊女卑は、ここでは無縁のようだ。
「限界のない都市」
ボゴタを離れた翌月の 2019 年 4 月、Don Popo がボゴタの市議会 員に立候補したことがわかった。「限界のない都市」をキャッチフレ ーズに、セキュリティやモビリティ、経済発展などの課題に取り組む。
「政治、社会、文化は全て繋がっています。社会文化的な活動にヒッ プホップを使ってきた私ですが、それを政治に汎用させることは、い わば必然的な結果でした」と彼は語る。「ボゴタには、抜本的な変化 が必要です。クリエイティブな創造性を、都市サービスに組み込む時 です。都市のさらなる発展とイノベーションを今まで拒んできた限界 を、ボゴタは打ち破る必要があります」と語る彼の目は、ボゴタへの 真摯な愛を語っていた。それを見て、ヒップホップ・アーキテクチャー ならぬヒップホップ・アーバニズムとは、つまりこういうことなのだろ う、と思った。
ヒップホップスタイルのデザインがあしらわれた建築とか、ヒップホ ップアーティストのための街を作ろう、という単純なことでは、ない。 そうではなく、権威的で支配的、白人中心的で男性中心的な既存の 建築界や都市政治へのカウンターとして、今まで周縁化されていた 人々の声を届けるオルタナティブを提示すること。音楽は政治的で あり、建築も都市も政治的である、そんな当たり前のことを、改めて Don Popo に教えてもらった。辺見庸の言う「ビニールハウス風の無 菌・無風空間」的な、いかにも優等生風の正当な街並みにはそろそろ さよならをして、ボゴタが控えめに提案する”ヒップホップな街”を、も っと真剣に考えてみる必要があるのでは、と思った。