都市空間とアートを行き来する、メキシコシティ PAISAJE SOCIAL の挑戦

Mexico City Interview ・ Feb 28, 2019


ソーシャルランドスケープ・ラボラトリー / 講演者:イングリッド・スカエル、馬場菜津美 / 協力: メキシコ国立自治大学現代美術館、ラボラトリオ・アルテ・アラメダ、アルムノス 47 / © Paisaje Social 2018

1996 年にメキシコ国立自治大学院芸術学部絵画学科に入学して以来、メキシコを中心に世界的に活躍するアーティスト、はぎのみほ氏。芸術を用いて社会とパブリックスペースに介入することによって、より良い人間社会の構築を目指す非営利団体ソーシャルランドスケープ基金(Fundación Paisaje Social A.C.)を運営しています。都市におけるを社会的弱者、貧困層の若者や老人のシェルターで定期的に活動を続け、対象者の内部からポジティブな変化を即すための活動を行なうはぎのさんに、お話を聞きました。

日本から、メキシコへ。

そもそも、なぜ活動の拠点を日本からメキシコに移したのでしょうか?

はぎのみほ: 私はもともと、札幌で育ちました。当時は非常に保守的な環境の中で生活していたと思います。それからカナダやアメリカでも生活をし、美術学校を目指していた時期に、ふと縁がありメキシコに行く機会がありました。価値観も言語もわからず、どこを歩いてもよくわからない感覚が、今までと違ってドキドキしたのを覚えています。

その時の感覚が忘れられず、思い切ってメキシコに移り住み、スペイン語が全くわからないながらも現地の美術学校に通ったりしました。美術もスペイン語も初心者だったので、苦労しましたね。

卒業後、日本や北米でも少し活動をしました。ロサンジェルスで日系アーティストのアシスタントをしていたことがあったのですが、その時に、欧米のアートの世界が非常に白人男性中心的であることに気づいたんです。それに比べてメキシコは、女性や外国人、先住民であろうと関係なくアーティストに機会がある印象があって。欧米のアートの潮流とは違うところで活動できるところと、アートが社会において日常的であることに魅力を感じ、拠点をメキシコに落ち着けることにしました。


コルニャ青少年社会保護自立支援センター / Taller JARDINCITO (ワークショップ小庭)メキシコ市社会保護自立支援省 / 参加アーティスト:フアンパブロ・アベンダニョ(ペケニョス・ミステリオス)/ © Paisaje Social 2018

「疎外されている個人」へのまなざし、が活動の核になっているとお聞きしましたが、活動の核、フィロソフィーは何ですか?

はぎのみほ:「良心」ですね。これが一番です。北海道やニューヨークで暮らしていたときに、何か問題があった時に誰かが助けてくれない、という状況を何度か経験しました。こういう状況にならざるを得ない社会というのは、何が原因なのか、ということを調べ始めたら、経済社会システムや、政府や法律の成り立ちの中で、支配階級が搾取する社会構造が見えてきたのです。個人の関係性もここで断ち切られてしまう。人間の活動自体が、お金や利益で定義づけられていることに気づいたのです。

メキシコは家族の関係が強く、こうしたコミュニティを感じられる場所の魅力に気づきました。コミュニティの中にいれば、人間としての知恵のようなものを、自然と学ぶことができますよね。個人が断ち切られていて、困ってても誰にも聞けない、という世界は、私たち人間が不幸になる原因です。伝えたいことは、これが一番ですね。


Entrega Comixcal / コミスカル(伝統陶器窯)支援 / 寄付・協力:日墨会館、SAA "FEEL LIKE JOURNEY" / © Paisaje Social 2018

PAISAJE SOCIAL(ソーシャルランドスケープ)は、都市における問題をアートの力で解決することを目指した活動だとお聞きしました。活動の趣旨を簡単に教えて頂けますか?

はぎのみほ: 非営利団体の PAISAJE SOCIAL は、芸術の力で人と人のつながりを強くする、というのがスローガンです。2009 年の立ち上げから現在まで 200 人以上のアーティスト達とコラボレーションをして、社会的に阻害されている人々や地域の関係性が良くなるように活動しています。

例えば、メキシコ市政府が運営するメキシコシティの青少年保護施設や老人シェルターがあります。親から暴力を受けて保護された中高年の子供達が集まるような場所で、ここにアーティストを招き、定期的に参加型の Taller JARDINCITO(ワークショップ小庭)というアートのワークショップを開催したり、シェルターに入っている高齢者の方々が現代美術館にてより快適に楽しんでもらえるように工夫してアテンドするなどという活動をしてきました。

毎週ワークショップをすることで、最初のうちはある意味強引に共同作業をしてもらう、ということを意識しています。毎週通い続けると、内部の人々の関係が良好化し、施設への人の出入りが多くなり、自分達が作った作品なども壁に張り出し始め、施設内もより綺麗になっていきます。どのホームも、4 年ほどは関わって、もう我々がいなくても大丈夫だという頃に、彼ら自身にその後の運営を託す、というサイクルで行っています。


はぎの氏はメキシコ南部に住んでいるサポテカ先住民族のトランスジェンダーコミュニティ内の人間関係の繋がりの強さに興味を持ち、2015 年から写真撮影を始めた。フチタンのムシェ / “Las Autenticas Intrépidas buscadoras del peligro” / グループ名「真の勇敢な危険の探求者たち」/ © はぎのみほ  2017


フチタンのムシェ『フェリナ・サンティアゴ』 / © はぎのみほ  2015

メキシコシティ以外での活動ももちろんあります。メキシコ南部のフチタンでは MUXE(ムシェ)と呼ばれるサポテカ先住民のトランスジェンダーコミュニティの人々の写真を撮影する活動を、個人的に 2015 年から行なってきました。その後、2017 年にメキシコシティとフチタンでも大きな地震があり、近隣の多くの街が半壊しました。そのとき、ソーシャルランドスケープ基金は被災者を対象としたワークショップの企画を行いました。コミュニティ内のつながりが強く、外部からの援助が非常に届きにくい地域でも、信頼関係がありますので、現在でも様々な方法で援助活動を行なっています。

近年はこれらの経験を若手に伝えるために、ソーシャルアートの本の執筆をしている美術批評家、Ingrid Suckaer イングリッド・スカエルらとともに Laboratorio Paisaje Social (ソーシャルランドスケープラボラトリー)というアーティストや美術館の教育活動関係者を対象にしたトレーニングも行っています。


崩落した家屋、フチタン / © はぎのみほ 2017

タロウ・ソリジャ(建築家・非営利団体ソーシャルランドスケープ基金副代表): 施設内や現場の写真を撮って、それを SNS にあげる、という活動もしています。写真を公開することによって、外部へ内部の状況を発信できるうえ、ビジュアルでのレポートなどを行うことによって、人々が自然とその場所を掃除しだしたりして、その空間が綺麗になる、というサイクルもあります。

自分たちの空間に気を配り、大切にすること

都市空間とコミュニティの関係性、コミュニティにとっての場の力がどのように作用するのか、何かコメントを頂けますか?

はぎのみほ: 経済的に作られた空間は、価値観が歪んでコミュニティの存在がないがしろになってしまうことが多いと感じています。そのため、自然発生的に作られた場所はそのままの形で残すことが大切だと思います。

コミュニティと場の力、という文脈でいうと、PAISAJE SOCIAL では彼らの空間を使った展覧会なども多く行っています。シェルターに住んでいる人、コミュニティ内部の人々が実際に自分たちの空間に手を入れることで、自然とその空間に気を配りはじめ、長期的に大切にするということに、私たちは気づきました。

タロウ・ソリジャ: 建築的な空間、というとお金も時間もかかりますし、許可なんかをとっていると、肝心のコミュニティがおざなりになってしまうことも少なくありません。そこに住む人、使う人が長期的に自分たちで大切にする、というサイクルが、一番持続性があります。なので、「この部屋をみんなでコンバージョンできるのでは?」という発想で、ワークショップで作ったものを展示するために壁を綺麗にするなど手を加えることで、長期的に彼らがその空間に気を配るきっかけづくりをしています。

PEQUEÑOS MISTERIOSのアーティスト、Juanpablo Avendaño(ファンパブロ・アべンダニョ)との共同活動で図書館を作る、というプロジェクトもありました。アーティストが様々な素材を使って好き勝手な空間を子供と作ることで、子供自身も大切にする空間が出来上がります。

コミュニティの姿が見える都市デザインを

はぎのみほ: 失敗したプロジェクトもあります。都市デザインの目からみたら上手く行ったかもしれないけれども、コミュニティへ反映できなかったプロジェクトです。メキシコシティ南部に Anillo Periférico という環状線があり、そこに「Ruta de la Amistad」友情の道という大きな彫刻群が並ぶエリアがあります。68 年のオリンピックの際に建設され、各国のアーティストがそこに作品を残しています。日本人彫刻家の高橋清の作品もあります。

この「Ruta de la Amistad」ですが、近年の都市開発の影響で、彫刻作品のいくつかを移動させる必要があり、私たちにも声がかかりました。当時ブームになっていたサイクリストのコミュニティと一緒にキャンペーンを行い、彫刻を動かした後にその周りに公園をつくり、それを自転車道路でつなぐ、というプロジェクトを提案し、コラボレーションしました。多くの補助金やスポンサーが集まったのですが、彫刻を動かすだけで、その後に自転車道路を作る案の予算はメインコーディネートによって削られてしまいました、コミュニティに還元することができなかったプロジェクトです。

タロウ・ソリジャ: 都市の中に巨大な彫刻を作る、というのはそれなりの責任が伴います。当時の関係者の自己満足だけで出来たプロジェクトはもう古い。未来へのビジョンとして、経済面だけではなく、そこに住むコミュニティが本当に必要なものを作る、彼らをプロセスに組み込む、というセンシティビティと翻訳作業が、プロフェッショナルには必要だと思います。次の世代を考える時間軸への繊細さと良心は、空間づくりに関わるプロフェッショナルに大切なエッセンスです。

コミュニティのセンシティブな現状に耳を傾け、それを汲み取り、それを他のセクターの人々に伝える、流れを良くする、という点で、翻訳という言葉が、お二人の活動にぴったりだと思います。今後の活動予定はありますか?

はぎのみほ: 今年は、地震でまちが崩れてしまった地域で文化活動を行い、一軒の家を建てるプロジェクトを行う予定です。復興に際して、建築に関するレクチャーを行ったり、演劇の衣装デザイナー、Sandra Garibaldi(サンドラ・ガリバルディ)とのプロジェクト、XUNCA PARA TECAS(フチタン女性のための可愛い小物)という民族衣装を現代風に仕立てた服の展示会の開催や、各家庭にミシンや Comixcal(コミスカル:伝統料理を作るための陶器窯)を届けるなどの活動をしています。


XUNCA para TECAS / シュンカ・パラ・テカス(フチタン女性のための小さな小物) / 寄付・協力:菅原まりもとメキシコの音楽家達 / © Paisaje Social / サンドラ・ガリバルディ / © はぎのみほ  2018

私たちが活動してるその地域は、メキシコで一番風が強い地域でもあり、雨季は毎年浸水しますし、地震帯の真上なので地震のも起きやすい地域です。女性がコミュニティ経済を支えている特殊な場所でもあります。ミシンやコミスカルを届けたのは女性が働くことによってミクロ経済を回し、その家族収入を家の再建に使う、というサイクルを生み出そうとしているからです。ただ単にお金を渡すのではなく、調査を行なったうえで、持続的な持続経済を作るためのサイクルをうみ出すのを大切にしていますね。

ここで作る家は、地元で取れる土を使って建てる予定です。外から資材を取り入れて運搬費にお金を使うのではなく、バナキュラーに現地の素材と人材を用いてつくります。

アートは主観的なものです。しかし、PAISAJE SOCIAL は、相手がいてからこそ、成り立つ創作活動です。主観と客観のバランスを取りながらでないと、エゴイスティックなアートになってします。だからこそ、対話や人間関係を大切にした活動を今後も行っていきたいです。

今回はありがとうございました!



はぎのみほ

1970 年北海道生まれ。1996 年よりメキシコシティに在住。北海学園大学法学部卒、メキシコ自治国立大学院視覚芸術学部絵画学科、大阪 IMI インターメディウム大学院講座修了。地理的、歴史的、身体的、アイデンティティやジェンダーまたは社会環境により隔離された個人に傾注、人間の本質そして大衆の中の個人についての探求をしながら、インスタレーション、写真、ビデオ、コンサート企画など様々な方法での作品の制作を行っている。主な個展は「ムシェ、開かれた心」バル・ハルディン、メキシコオアハカ州フチタン(2018 年)、「きおくのなかのくに」天神山アートスタジオ(タロウ・ソリジャとの共作、2018 年)国際セルバンティノ祭(メキシコ、グアナファト 2014 年)、メキシコシティ国際空港(2010 年)、「BLUE PIANO」シケイロス現代美術センター(高橋アキとのコラボレーション、2005 年)など。2018 年よりはぎのがディレクターを務める非営利団体パイサヘ・ソシアル基金は、芸術を用いて社会とパブリックスペースに介入することにより、対象者がより良い生活環境を自力で得ることを目的として活動している団体である。この活動に関連して、日本やメキシコにて個々人の関係を再構築するためのワークショップを行う。また、近年はメキシコ在住のの日本人、日系人芸術家たちの広報と、日墨の制作指針の違いと特徴を明確にする展覧会の企画、キュレーションも行なっている。主な展覧会は『トランスパシフィック・ボーダーランド:リマ、ロサンゼルス、メキシコシティー、サンパウロにおける日系ディアスポラのアート』日米国立博物館、ロサンジェルス(2017 年、メキシコを担当)、「Jardín de Selenita / 水晶の庭」グアナファト州立歴史芸術博物館(2018 年)、フランツメイヤー博物館(2017 年)、『Selva de Cristal / クリスタルジャングル、メキシコの日本人芸術家の周辺的な影響』展(メキシコ国立自治大学チョポ現代美術館にて 2011 年、及びグラン・ガレリア、アカプルコにて 2013 年)など。