使われなくなった産業用地を再利用:バンクーバーの成功モデル、グランビルアイランド


グランビルアイランド は、バンクーバーで最も人気のある観光地の1つであり、市民のための賑やかな公共スペースだ。そしてここは、バンクーバ―の都市デザインの歴史に、大きな影響を与えた場所でもある。グランビルアイランドを訪れる機会があれば、観光地として有名な市場やアートギャラリーだけでなく、この場所のデザインや開発プロセスに込められた意味や歴史にも、ぜひ注目してみて欲しい。

産業遺産と人々の居場所

バンクーバーの入り江である、フォルスクリークの上にかかるグランビルストリートブリッジ。その橋の下に位置するグランビルアイランドは、1979年代後半まで単なる産業跡の荒地だった。

フォルスクリークから採れた土砂などを材料として、埋立地であるグランビルアイランドが完成したのは、1916年のこと。165,921m2もの土地は産業用地として使用され、バンクーバーの街が発展を遂げるこの時期に、40年以上にわたってさまざまな工場が運用された。


建物の窓に印象的に飾られている、産業用地時代のグランビルアイランドの写真

しかし、1960年代には、脱工業化による市場の変化により、多くの産業が去ることになる。グランビルアイランドは荒地のまま放置され、長年に渡る産業利用で汚染された土地も、処理されることなく残された。過去の様子は、今でも公式HPで写真を確認することができる。



1973年、カナダ政府は、グランビルアイランドの管理と再開発を、カナダ住宅ローン公社(CMHC)に託した。ここから、現在のグランビルアイランドを原型を形づくる都市開発が始まった。

まず、カナダ政府とCMHCの間で、グランビルアイランドを誰もが簡単にアクセスできる「人々の居場所」とすることが合意された。それと同時に、既存の建物を可能な限り再利用し、産業地としてバンクーバーの発展に貢献した歴史を、再開発にもきちんと反映させるべきだとした。


1979年にオープンした公共市場



ユニークでオーガニックな開発

グランビルアイランドは連邦政府の土地である。そのため、地区指定とゾーニングが、独自かつ、ややゆるい。再開発中には、多くの特例や例外が認められ、一般的な公共施設の多くが従うべきルールをなんども逸脱した。そのおかげで、美しくも乱雑な(!?)現在のグランビルアイランドが生まれたと言っても過言ではない。

連邦政府の管理のもと、グランビルアイランドの再開発がもたらしたのは、市内の他の場所にはない、車と歩行者の奇妙な混在だ。市民や観光客が訪れる活発な市場の横に、現在も稼働中の釘工場がある。こんな光景は、商業、工業、オフィスなど用途が混在したミックスユースなゾーニングだからこそ生まれたものだ。ーーMatt Meuse from CBC

バンクーバーへ行った際は、土地用途が混在し、さまざまなアクティビティが同居する不思議で楽しいグランビルアイランドを、ぜひ訪れてみて欲しい。